アイスクリームの歴史と背景

アイスクリーム前史

マルコポーロが伝えたアイスミルク
アイスミルクがシルクロードを通り、中国からイタリアへ伝わったという説があります。それを持ち帰ったのがマルコ・ポーロ(1254〜1324)だと伝えられているのです。
1295年、マルコ・ポーロは父と叔父の25年間のアジア横断の旅からヴェネツィアに帰還しますが、ジェノヴァとの間で戦争が起こり、不運にも捕らえられて投獄されます。
獄中で口述したのが『東方見聞録』。マルコ・ポーロは北京で乳を凍らせたアイスミルクを味わい、その製法をヨーロッパに持ち帰ったというのです。
これはヴェネツィアで評判になり、氷菓の製法は北イタリア全土に広がったと言われています。

『東方見聞録』に、マルコ・ポーロが中国宮廷の氷菓を伝えたと記されています。

「シャルバート」からシャーベットへ
「シャルバート」はアラブ圏の砂糖を使い、氷や雪で冷やした甘い飲み物です。
ところで、古代ヨーロッパ文明の中心は地中海でした。中でもシチリア島は東西文明の十字路で栄華を極めていましたが、9世紀前半から2世紀半にわたり、サラセンに支配され、イスラム文化が定着します。
アラブの「シャルバート」も伝えられ、その名も「ソルベット」(シャーベットのイタリア語)と変わっていきます。
シチリア島では、多種の果物やナッツを使ったさまざまな香り高い「ソルベット」が作られました。その一つにシチリア名物の「カッサータ」があります。

イスラム圏の古い物語集成『千夜一夜物語』中にも、アラビアに伝わる冷たい飲み物「シャルバート」が出てきます。

シルクロードの妙薬「舎里八」とフビライ汗
アラビア文化圏の「シャルバート」がシルクロードを経て、中国にもたらされたという元の記録があります。
大元帝国を建国したフビライ汗(1215〜1294)は、かつて父の病を癒したイスラムの妙薬を求めます。それがサカルマンドの「舎里八」で、各種の果汁に砂糖を混ぜ、バラの香りを付けた水、龍涎香などで風味付けし雪や氷で冷やしたものです。
フビライは「舎里八」のあまりのおいしさに驚嘆したと伝えられ、調合した医師サルギスを仕官させ厚遇したと言います。「舎里八」は「シャルバート」の漢字訳です。

「舎里八」の味に驚嘆したフビライ汗

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